「クルセイド学園経済学部、仁村三葉正騎士。君を鋼城鉄郎総代騎士の次の総代に選出したい」
三葉は、後に彼女を散々悩ませることになる言葉を、騎士団棟の会議室で聞いた。
そのときも彼女は、いつものように無言で眉にしわを寄せていた。
ときは現代、ところは能力者とモンスターの現れた世界。
ひとの思念が超能力や怪物となって現れる世界だ。
その世界で能力者たちを中心につくられた学園があった。
東京湾の南東に浮かぶ人工島・ＳＲＣ島につくられたＳＲＣ学園である。
この学園には、個人生徒会という制度がある。
学生たちの同好会のことであり、料理や服飾から心身の鍛錬に至るまで、様々な活動を行う組織がある。
そんななかでも最大規模の治安維持系生徒会が、クルセイド学園騎士団である。
三葉はいま、その会長――総代騎士に選ばれたのだ。
「総代騎士ですって？」
剣道部の鍛錬の後。
後輩の城島敦史は、驚いて三葉に問い返した。
敦史は、高等部の三年だ。一年前の祇園会事件を戦い抜いた、歴戦の騎士でもある。
「ああ。元老たちの会議で決定したそうだ。他に適任者がいなかったらしい」
いって三葉はため息をついた。ため息の一つもつきたかった。
今の時期に、総代騎士に選出されるのがどういうことか、わからない三葉ではない。
「騎士団で女性が総代になることは、あまり前例がない。しかも一般人だ。騎士として、そこまでずば抜けて功績を挙げているわけではない。城島、そんな私が総代に選ばれた理由がわかるか」
「……ええ。一応は」
敦史は言いよどんだ。
「やはり、その……鉄血卿が、あまりにも個性的すぎたということですね」
「そうだ。鋼城総代はやりすぎた。騎士団という組織を強くしたのはいいが、あまりにも強くしすぎてしまった。学生の自警団の枠を超えてしまったのだ。ただでさえ祇園会事件のせいで、個人生徒会そのものが、学園から危険視されている。三校合同の職員会議のすえ、鋼城総代には辞任勧告が出された」
鋼城鉄郎は、それを黙って受け入れた。
鉄郎は、気性が激しいが、話のわからない人物ではない。学校からの辞任勧告がなにを意味するかは、よくわかっていた。拒否すれば、最悪、騎士団そのものが解散という事態も有り得ることも。
「いくら騎士団が強いといっても、まさか学園に反乱を起こすわけにはいくまい。それは、三財閥や日本国そのものに牙をむくに等しいからな。鋼城総代も、引き際ぐらいはわきまえていたわけだ。……もっとも、内心は不満と怒りに満ちておられることだろうがな」
言って三葉は舌打ちをした。
鉄郎の心境はわかる。
学生の自治を、自らの手で成し遂げようとするのを、土壇場で体制によって阻まれたのだ。
しかし、本当に鉄郎は正しかったのか。
学生である鉄郎が善で、圧制者である学園が悪、と――そんな単純な図式だとは、三葉には思えなかった。
そう口にすると、敦史も、
「そうですな」
と頷いた。
二人は、道場の隅に座り込んで話している。広い道場の中央では、若者たちが盛んに竹刀を打ち合う音とかけ声とが響いていた。そんな中では、自然と互いの声が聞こえやすいよう顔を近づけることになった。
「学生の自治が許されているとはいっても、この学校は三財閥の庭です。完全な独立など許すはずはありますまい。それを無視して銃器の訓練、戦闘系能力者の大量雇用などを行った鉄血卿は、やはり後先を考えていなかったといえるでしょうな」
実際、鋼城鉄郎は、すんでのところで三大自警団の統合にすら手が届きそうになっていたのだ。それほどまでに、鉄郎の個性とカリスマは大きかった。
自警団の統合は、ＳＲＣ学園に巨大な武装集団が生まれることを意味する。強力な力を持つ能力者を数多く抱えたその集団は、もはや一つの独立国家といっても過言ではない。
「まあ、経済やら食料やらの問題があるから、国家にはならないしな」
「農園や商店も数多くありますが、それは大人が運営しているわけですしね」
「しかし鉄血卿が統合した自警団を作れば、島の運営にも影響が出るはずだ。……結局何をしたかったのだろうな、あの人は」
「権力欲の強い方ではありませんでしたからな。正義感、使命感が動機なのでしょうが……」
「純粋な動機ならそれで正しい、というものではないと思うよ。私は」
そういって、三葉はため息をついた。
三葉には、騎士団が島を統一することへの幻想はない。
騎士団の役割はせいぜいが学園の警備だ。それには、強大な武装集団である必要があるのか。
「騎士団では悲憤慷慨する者も多い。しかし私には、学園の判断は間違っていない気がするよ。……もっとも」
「もっとも？」
「学園も元老たちも、私を総代にしたのは、鉄血卿の後始末をさせる気なのはわかっているからな。生贄に選ばれた乙女の心境だ。自分を乙女というのもおこがましいがな」
三葉は肩をすくめた。
「どのみち剣道部はやめることになると思うよ」
「…………」
「総代に就任してしばらくは、混乱する騎士団の組織のまとめで大忙しのはずだ。私が総代の仕事を把握する時間もいる。部活とかけもちでは、とても体がもたないだろうな」
「そうですな……」
「城島、お前は続けているといい。何もお前まで面倒に付き合うことはないからな」
「私は面倒とは思いはしませんが」
「そうでもないさ」
三葉は苦笑した。
「これからは色々と大変な時期になる。そんな時に、後輩を面倒に巻き込むのは本意ではないさ」
「…………」
三葉が総代騎士になって、最初の幹部会議。
騎士団棟の会議室に集まった騎士団の幹部たちを、三葉は見渡した。
「総代騎士の仁村三葉だ。諸君にはこれから世話になる。色々と至らぬ総代だと思うが、よろしく頼む」
三葉がいうと、軽い拍手が返ってきた。
皆は何を思って拍手したのだろうな、と三葉は思った。
「色々と細かい用件はあるが、まずは今後の方針について少し話したい。とりあえずは騎士団のありようについてだが」
言葉を切り、
「皆も知っての通り、学園側は騎士団があまり活発に動くのをよく思っていない。場合によっては、騎士団のとりつぶしも有り得るようだ。そうなっては大変だからな。私は、うまくそれを調整していければと思う」
「どのように調整するのですか？」
騎士の一人が質問した。
「これまで騎士団はどの程度積極的に活動してきた？」
三葉が逆に問い返すと、その騎士は一瞬考えた。
「そういえば君の名を聞いていなかったな」
「失礼いたしました。横光仁と申します」
「横光……そうか、君が将軍卿か。鉄血卿の下で戦った叩き上げだったな。頼りにしているぞ」
「はっ、恐れ入ります。それではご報告しますが、去年の祇園会事件以来、島の治安は乱れております。先代は、それを憂え、積極的な不良の討伐を行ってきました。私は、ずっとそれを手伝ってきたのです」
「恐れながら総代、私も作戦立案などで色々とやってきました」
そう口を出した騎士は、海神卿、海道理博と名乗った。
横光がいった。
「三日前にも騎士団に、強姦の被害にあった女子生徒がいたとの報告がありました。被害生徒はレッドクロスに収容されましたが、ショックが大きく、しばらくは不登校になるとのことです」
横光は歯ぎしりをした。
「かつあげや、理由もない憂さ晴らしの乱暴の被害に遭う生徒の報告はもっとあります。志垣とかいう不良などは大口径の拳銃を持ち歩いているとの報告もあります。総代、鉄血卿の引退の合間をなにとぞうまく埋めていただきたく思います」
三葉は黙って眉にしわを寄せ、横光の切々たる訴えを聞いていた。
そして口を開いた。
「今後の騎士団は警備や警邏に専念する。自発的な不良の討伐などは、いささか分を超えた行為だ」
「なんですと！？」
横光が大声を上げた。
「不良どもが悪事を働いているのは明白。それを見過ごせとおおせなのですか！」
「先代はそれを見過ごさず、積極的に行動した。その結果がこれだ」
三葉は横光をにらみつけた。
「君にはどうも、いまの騎士団の立場がわかっていないように思える。騎士団そのものが潰されてしまったら、それこそ誰が生徒たちを不良から守るのだ？ 騎士団が警邏をするだけで、十分不良へのおさえはきくはずだ。わかったら巡回する部隊の編成についての話し合いに入りたい」
「仁村総代！ 私は納得いきませぬ！」
「私は君の納得を求めてはいない。服従を求めているのだ。総代である私に服従できないと？」
横光は顔を赤くして黙っていたが、ややあっていった。
「総代のお考えに従います」
「うむ。そうしてくれると助かる」
三葉は頷いた。そして、部隊編成に関する意見を問うていった。
「――――」
白い裸体を、暖かい水滴が洗い流す。
シャワールームで熱いシャワーを浴びながら、三葉は、この日のことを振り返っていた。
そして、もう一度ため息をついた。
（不良に強姦されて、レッドクロスから出てこれない女生徒がいたといっていたな。……それについて横光はあれ以上いわなかったが、私のことをどう思っているのやらな）
三葉とて、その話を聞いて何も思わないわけではない。
むしろ、誰よりも腸が煮えた。
だからこそ、その激情に身を任せてはいけないと思った。
（そこで姫士組のように、積極的な懲罰活動に走ればどうだ。……学園はまたしても私達を危険分子と決め付けるではないか。そうなればどうなる？ 騎士団が解体されたら？ そうすれば強姦される少女はもっと増えるではないか。……私は間違った判断などしてはいないはずだ）
身体を流しながら、三葉は、自分にそう言い聞かせた。
つややかな裸身を見下ろしながら、この身が、不潔な不良たちにもてあそばれたら、と思った。
その想像だけで全身に鳥肌が立った。
少なくとも自分にはマゾヒストの素質はないらしい。にもかかわらず、強姦された少女に共感するような判断をとらなかった。
（自己嫌悪するな。私は騎士団の再建のために総代になったのだ。私が総代としての判断を優先しないで、どうするというのだ。私の私情など関係ないではないか。……）
内心で、三葉はぶつぶつとつぶやき続けた。
その日、三葉はいつもより五分ほど長く、シャワーを浴び続けていた。
（つづく）